「声を観る」無事に終了しました!

 

4月28日中目黒にて「声を観る」ワークショップ無事に終了しました

世の中がなんでも誰でもにわかりやすく、見える化する方向に行ってる中
「声を観る」という非常に曖昧な見えない世界のことを1日やってみる
そんなことに興味を持った方たちがゴールデンウィークの前半の週末に中目黒に集まりました

朗読という行為に上手下手を基準にしないで声の味わいを感じる時間
それは紛れもなくその人自身を味わう時間でもありました

最初の芥川龍之介「蜘蛛の糸」の朗読で思ったことをそれぞれ言いあう時間

同じ声を聴いているのに、そこから感じることは本当に様々でした
わたしも朗読してみなさんにあれこれ言ってもらいました
読む前に全員の耳がこちらに向いてるのがわかって
なんかもう、緊張したー!
もう何百回も朗読教室でやってきた「蜘蛛の糸」の冒頭部分
なのに久しぶりに自分の声から立ち上がってくる蜘蛛の糸の世界に自分でびっくりして
あわててそのイメージを振り払ったら
あとで「なんか所々投げやりだった」という感想をもらい、おもしろかった

宮沢賢治の「春と修羅」は二人が即興で朗読する
相手に影響を受けながら最後まで読みきる

わかりやすく影響受ける人、影響を受けないようにと影響を受けている人、直接関わりに行く人、ある一定の教理を取る人などなど
ああ、これは自分の人とのコミュニケーションの取り方の一つが出てしまうのだな〜

いいも悪いもない
そんな自分の質を知るところからスタートするしかないのだ
!
関わり方に一般的な正解は、ない。

最後はアイルランドの昔話を朗読劇に
同じ作品を3グループがそれぞれ15分くらいで作品にする

昔話なので淡々と表現されるものから何を主題に立ち上げていくか、それをどうみせるか、
「他者になって読む」という行為が自分に何をもたらすか
そんなことを体験してもらう

参加者の一人であるウェンディが後日こんな感想をくれました


「4/13に64才になり、定年まで後1年のカウントダウン⤵

その後どうしようかな〜となかなくポジティブに考えられなくて⤵⤵だったのです。

自分の声に向かい合って、自分を受け入れられた気がします。

感情の幅は、大きい方がいいのかな?と勝手に思っていたのです。

でも、しっかり芯があって、抑揚の幅は小さいけれど、気持ちは相手にしっかり伝わっていると評され、

がんばる必要はないんだと、気持ちが楽になりました。

日々学び、日々成長ですね」

ありがたい感想です

このワークショップで私が意図したものは、自分の質を知る
その一点のみです
そこから何の答えを見出すかは一人一人違う
自分の声、嫌いという人は多い
嫌いというからには、好きな声があり、そうでありたいという願いがあるようです

声を出す、人の声を受け取る、人に影響を受けながら表現する
その繰り返しの中で浮き彫りになる他者との違い
それをとことんまで思い知るということ、受け入れるということ
関西風にいうと、焼くまでなおらん、というものを自覚するところから

な〜んてことを
あまりにディープにやりすぎて
終わった後に、私がショートしてしまった


ご飯も食べれず横になってとにかく眠る
平成最後のデトックスだった


あとから

お花を飾って植物のエネルギーにも助けてもらいました

おもしろかった
!


どうやら自分の関心は、一定の時間、

空間をともにした人が意識的にも無意識的にも互いの気をめぐらせあえた時に
起こること
それはある程度時間がかかる
そんな効率の悪いことをこれからも大切にしたい

花はその後も時間ごとにぐんぐんと開いてくれて
穏やかな気の交流ができました

JUGEMテーマ:朗読・リーディング

 

 



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